
作業療法士としての仕事に情熱を持っていても、同じような情熱をもって働く別の国の人と知り合ったり、その人達がどんなことに情熱をもって仕事をしているのか個人的に深く話を聞ける機会ってなかなか無いですよね。
私も日本にいる時から、海外の作業療法士と話してみたい!色んな事を聞いてみたい!という想いはあったものの、知り合うためのツテもほとんど無いし、せっかく出会えても私の英語力が低くて、質問が伝わらなかったり、せっかく答えてもらった内容が全然理解できないという悔しい想いを多々してきました。
そんな私もオーストラリアで作業療法士になってから4年目(2023年現在)!
以前の自分のような悩みを持っている、海外で働きたい、または海外の人と繋がりたい方々のためにも、私が実際に現地で、熱い想いをもって働く、オーストラリア出身の作業療法士さんにお話を聞きに行ってきました!

たくさん有意義なお話が聞けたので、自分だけの中で消化するより、より多くの方の刺激になれば!と思い立ちました。
認知症と共に生きる方やご家族にも追い風になるような内容かと思います。
お話を聞かせてくださったNaomiさんにも感謝です!

作業療法士 Naomi Moylanさん(パース)
暖かいカフェ日和に、Naomi MoylanさんオススメのGood Things Mosman Parkで待ち合わせ。時間ぴったりにさっそうと現れて「元気にしてたー?」とハグをしてくれる優しさと、「先にもらってた質問に準備してきた!」と(オーストラリアでは実は珍しい)メモを活用するしっかり者のNaomiさん。
Naomiさんはハーブティ、私はフラットホワイトを注文し、さっそく今日の本題「Naomiさんが情熱を注ぐ、作業療法士のお仕事」について聞いてきました!(写真はハーブティーを飲むNaomiさん)

WHAT:Naomiさんの情熱とは

さっそくですが、あなたは作業療法士として、どんなことに「情熱」を注いでいますか?
Naomiさん 私が作業療法士として情熱をもって取り組んでいることは
「若年性認知症の当事者とその家族が診断後も、希望を持って将来を歩めるよう明確な道筋を作る」
ことです。
Naomiさんが今の「情熱」にたどり着くまで

早速ですが、どういった経緯でその「情熱」にたどり着いたか教えてください!
Naomiさん 私は作業療法士になる前、社会人として政府や政治の分野で働いていた経験があり、その早い時期から作業療法について考えていました。そして、大学に戻って作業療法の修士号で資格取得する機会を得ました。その過程で、元々考えていた発達領域ではなく、高齢者と働きたいと思い、高齢者施設(ケアホーム)での仕事に就きました。
そのとき幸運だったのは、最初(2016年頃)の職場が比較的小規模な施設であり、作業療法士の役割が非常にパーソンセンタードだったことです。つまり、作業療法士に求められることが「器具や装具の処方」ではなく、「一人ひとりを知り、人としての関わりを深めること」だったのです。

パーソンセンタードとは、まずはご本人の「大事にしていること」を深く知り、ご本人の意思を尊重して関わる、ということですね。
Naomiさん そうです。ケアホームという新しい環境の中で、ご本人が家族の一員として溶け込めるようサポートすることに施設全体が重点を置いていました。そこでの作業療法士の役割は、認知症と共に生きる方々が「自分らしさ」を認識し、そこに存在している価値があると思える、つまり意味のある役割や作業ができるようにするための環境を整えることでした。

具体的にはどんな事をしましたか?
Naomiさん 具体的には、ご本人やご家族を深く理解するために一緒に「人生史」を作成しました。また、認知症と共に生きる方に対するアプローチ法の一つ「モンテッソーリアプローチ」を学び実践する機会にも恵まれていました。作業療法士として、入居者さんが新たな「お家」の中で本当の意味での役割を持つことや、入居者さん一人ひとりの「その人らしさ」を大切にし、本人が「意味のある活動ができる」ためのスタッフ教育にも携われたことは、私の作業療法士としての素晴らしいスタートでした。
その後転職した地域の作業療法士の仕事も、認知症と共に生きる方が対象でした。そこでも「人生史」を一緒に作成したり、本人にとって意義ある形で活動に参加できるように(例えば、対象者の方が地域でボランティア活動を役割として行うなど)一緒に可能化していくために必要な評価や介入をしました。その仕事と並行で、一時的にDementia Australia(オーストラリア認知症協会)で働き、認知症フレンドリーコミュニティプロジェクトに関わりました。こちらも作業療法士として非常に興味深い仕事であり、情熱を持って取り組みました。また、カーティン大学の老年期の教員の仕事も行いました。

オーストラリアでは、フルタイムで1つの会社で作業療法士として働く人は割と少なく、かけもちで働く人も多いですもんね。臨床を行っていく中で自然な流れで認知症の方と出会い、作業療法士として経験を積んでこられたという事が分かりました。
WHY:なぜ若年性認知症の方とご家族?

それにしても認知症と共に生きる方の中には、ご高齢の方も多くおられますが、なぜ若年性認知症の当事者とその家族の支援に興味をもったのですか?
Naomiさん 私は高齢者施設や、地域で働いていた際に、たまたま多くの若年性認知症の方々と関わる機会がありました。その中で、彼らのニーズと実際に受けられるサービスには多くの課題(ギャップ)が存在していることを目の当たりにしました。
高齢者施設の入居者の方々は、一日中施設の中で過ごす方々が多く、施設の中で残りの人生を全うするためのケアが重視されており、働き盛りや子育て中、定年直後などの若年層の方やそのご家族(ヤングケアラーやパートナー)にはサービスが適切に対応していないしていないように感じました。
つまり、認知症になった後も、残存機能を維持しながら充実した生活を送ることを本当の意味で可能化するようなリハビリテーションに焦点を当てたサービスが、(必要な割に)あまり提供されていなかったのです。そのため、既存のサポート体制には大きな穴(ギャップ)があると強く感じました。
そういった現状に加え、近年オーストラリア政府の決定で、65歳以下の人は高齢者入居施設に入居できないことになりました。その代わりとして政府はインデペンデントリビングハウス(様々な障がいを持つ方がサポートを受けながら生活を送る場所)を別の選択肢として挙げましたが、それらの施設のスタッフは認知症と共に生きる方が地域で生き生き暮らせる支援をするようにはデザインされていないし、そのためのスタッフ教育も不十分です。
そういった現状を目の当たりにして、「地域で必要とされている私の役割はこれだ」と感じ、Brightwater Care Groupでちょうどそのプロジェクトを進める人が必要だと分かり、プロジェクトの一員として働くことになりました。このプロジェクトでは、若年性認知症と共に生きる方やその家族を、より良くサポートするための新しいケアモデルの構築に取り組んでいます。現在は認知症の当事者やご家族からニーズを直接聞いたり、現在の地域で提供されているサービスを調査し、どのような課題やギャップが存在するか、また若年性認知症の方々にとって適切なものは何かについてのエビデンスを探っている段階です。
さらに、オーストラリアの他州や海外で行われているイノベーションも調査し、それらをすべて組み合わせ、Brightwater Care Groupのような障がい者と高齢者のケア両方の分野で活躍している組織で、どの領域が新たな革新的なサービスを提供できるかを見極めることになると思います。まだ始まったばかりのプロジェクトですが、とってもわくわくしています!

なるほど、働いてきた経験で色々な影響を受けて、地域のニーズと現在のサポートシステムのギャップに気づき、その問題解決のために自分にできることがあるのではないか、と思ったわけですね!
WHEN:作業療法士として、喜びを感じる瞬間や辛いことは?
作業療法士としてNaomiさんが喜びを感じる瞬間

「情熱」をもって仕事をしていると、うれしい場面や悔しい場面にたくさん遭遇すると思いますが、特にどんな時に喜びを感じますか?
Naomiさん 私にとって最もわくわく、うれしく感じる瞬間は、当事者の方の目に輝きを見たときです。つまり、その人が尊厳を持った個人として周りから認識され、想いを理解され、幸せに生活し、自分が好きなことを適切なサポートを受けながら行えているなぁ、と知れたときです。
例えば、一人で寂しそうにしていた方に、私がさりげなく音楽をかけて、その話題を振って会話をサポートしたときに、その方の目がキラキラしだして、積極的に話すようになり、隣の人にも話しかけて意気投合して、結局一緒におしゃべりしながら歩いていく姿を見たことがあって、本当に些細なことだけど、そんな生き生きした姿をみることができたのが私にとって心温まる経験でした。
他にも、あるケアホームでは、入居者自身が他の人たちのためにテーブルをセットしたり片付けたり、郵便物を配ったり、自分自身の役割や目的のある活動を見つけることで、日々の生活にこんなにも素敵に変わるのかと、とても嬉しく思いました。

その気持ちとってもよく分かります!そして作業療法士は環境設定や作業の難易度を見極めて、本人にとって成功体験に繋がるアシストを出来るのが楽しいですよね。
Naomiさんは個人でも自営業で作業療法士をされていますが、どんな内容をされていますか?そこでうれしかった瞬間もありますか?
Naomiさん はい。私は個人事業主としてプライベートプラクティスを立ち上げ、COPE (Care of People with Dementia in their Environments) という、認知症の当事者とその家族の、日常生活で出てくる困りごとの問題解決や、残存能力を使ってできる意味のある作業を提案したり、当事者と一緒に試行錯誤するプログラムを提供しています。そこでは、認知症と共に生きる当事者だけでなく、ご家族とも密に協力し、認知機能や認知症に関する情報を提供し、それを知ったうえでこんな関わりをするといいかもと提案し、ご家族の”アハ体験”瞬間も創り出しました。

「こんな方法で関われば、認知症の本人がもっと行動しやすくなるのか!できないと諦めていた活動も、こんな方法で手助けがあればまだできる部分があったんだ!」など、当事者やご家族の経験に作業療法士の視点を加えることでまた一歩踏み出せることもありますもんね。
Naomiさん そうですね。私が関わったご家族に実際にあった”アハ体験”を一例としてあげると、あるご夫婦に対して、現在認知症のある旦那さんがもともと日課にしていた「庭をほうきで掃く」作業で、奥さんの視点では「ほうきをかけて、と伝えるのに何も反応がなく、やる気がないのか、できなくなってしまった」とのこと。作業療法士としての私の観察や評価の結果は、「耳で聞いてもその作業が浮かばない(抽象性)、どのように作業を始めていいのかわからない(遂行機能)困難さがあるが、一旦作業の開始を手伝うとその後一人で継続して行える(行動記憶が残存している)」。
私は奥さんに、今の旦那さんの認知機能の長所と短所を伝え、なぜそうなっているのか、どうやったらできるのかを分かりやすく伝えました。その後、奥さんが旦那さんと一緒に外に出て、ほうきを掃いて見せると、旦那さんがその後奥さんからほうきを受け取り、ほうきで庭を掃除する今まで行ってきた日課を継続することができました。これが奥さんの”アハ体験”でした。
作業療法士としては、そのご夫婦が日常で行う作業や、旦那さんの能力を細かく分析したうえで、旦那さんのレベルに合わせて作業を簡略化し、ご夫婦にとって効率を良くするなどして実行しやすく、また楽しんでできるよう心掛けました。
このように、自分が関わったことで得られた、作業療法評価・介入のポジティブな影響を目の当たりにすることは、私にとってやりがいを感じられる瞬間でした。
作業療法士は、対象者が実際に生活するお宅で、ご本人だけでなくご家族もサポートし、彼ら(家族)の経験にも耳を傾け、愛する人と生活する上で、素晴らしい役割を果たしていることを実感してもらうお手伝いができます。
認知症のご本人はもちろん、家族自身が直面している困難を認めてあげることや、パートナーが自分自身のことも大切にしていただくこと、泣きたいときに肩をかしてあげられる(一緒にいると安心できる)存在としての役割も、作業療法士として重要です。

本当にそうですよね。つらい時に、つらいねと共感できて、専門知識も取り入れつつ当事者やご家族の経験をもとに一緒に試行錯誤して、うれしい時に、一緒に笑える、そんな仕事ができる作業療法士は素敵な仕事ですよね。
作業療法士として辛い瞬間は?

うれしい瞬間がある一方で、悔しい、辛い瞬間もあると思います。
作業療法士として働いていて辛い瞬間はどんな時ですか?
Naomiさん 私が今一番歯がゆく思うのは、認知症の診断後のサポートやガイドが不足していることです。
たとえば、がんの診断を受けた場合、「ここに腫瘍があります。これはこのタイプのがんです。この治療が必要です」と教えられ、術後も必要なサポートがすべてパッケージ化されて提供されます。その中には、カウンセラーやその他たくさんのサポートがあり、自宅復帰や復職に向けて動くことができます。
一方、認知症の診断を受けると、「仕事をやめて、運転をやめて、自分の書類を整理して、1年後に戻ってきてください」と言われ、希望を失うことが未だに多くあります。
しかし、認知症と共に生きる方も、適切な方法や適切な段階の支援で、もっと自立して生きていくことができます。
リハビリテーションに焦点を当て、「認知症を患う、負う人」という呼び方にも表されるような、人々の態度や偏見をなくし、その言葉を使う代わりに認知症は認知神経の病気の一つであり、彼らが健康に生活するためのあらゆるサポートを受けるべきだということを多くの人々に理解してもらいたいです。

なるほど。そこから「若年性認知症の当事者とその家族が診断後も、希望を持って将来を歩めるよう明確な道筋を作る」というNaomiさんの「情熱」が生まれてきているのですね。
Naomiさん そうですね。今のオーストラリア、パースの現状では、医師から認知症と診断された場合、医師によって「ここに行ったらいいよ」という場所が異なることも難点です。個々では素晴らしいサポートを提供している会社があったとしても、それぞれが十分に連携できておらず、いろいろなサービス事業所を自分で探さなければならなかったり、サポートコーディネーター(65歳以下の障害者保険のケアプランを決めるサポートをする人)は必ずしも認知症や医療の知識があるわけではなく「自分たちが何を知らないか、またはどこに繋いだらよいのか」を把握していない場合も多く、一人ひとりにとって、各段階で、本当に適切なサポートに繋げていない可能性も大きいのです。

なるほど。サポートコーディネーターは国家資格ではないので、人によって学んできた背景に差があって、認知症の方と関わってきたことのない方もおられますもんね。
Naomiさん 他にも、脊髄損傷や視覚障害の場合は、専門機関に紹介され、支援や適切な装具などが提供されます。しかし、認知症によるコミュニケーションの障害については、なかなか言及されず、スピーチセラピストの活用も積極的に考えられることはありません。
でも実際には、スピーチセラピストが利用できる認知症の方のための優れたプログラムが存在していて、コミュニケーションをサポートすることができます。しかし、それを知る機会や情報の提供が限られているのです。
私の役割は、このような情報やサービスの連携不足を解消し、認知症を抱える人々に必要な支援を提供することです。
既存のリソースやプログラムを繋ぎ合わせ、総合的なサポート体制を構築する必要があるのです。

なるほど。それで「希望を持って将来を歩めるよう明確な道筋」を作りたいのですね!
Naomiさん そうです。そして前にも言った通り、ご本人だけでなく、認知症診断後のご家族のサポートも重要です。ご家族はものすごく大きな役割を果たしており、認知症と共に生きる本人を支えています。しかし、彼ら(ご家族)自身も時には助けを必要とし、休息や時間を取ることができるようになる必要があります。
私は当事者と家族のそばに寄り添い、共感し、助言をし、時には泣きたいときに肩を貸すことができる存在でありたいと考えています。
FUTURE:今後5年から10年の目標は、筋道の構築

最後に、Naomiさんが今後5~10年で成し遂げたい目標はありますか?
Naomiさん 私は、認知症と共に生きる人やそのご家族が、認知症の診断後に「希望をもって歩める道筋」が示されれば、その人たちがこれから何を楽しみに生きていけばいいか考えたり知るための手立てになるのではないか、と強く思っています。
だからこそ、その道筋を構築するのが私の使命だと思っています。今そのプロジェクトに携わる機会を与えられたので、それをまずは一年一年できることからやっていこうと思っています。
それと並行して、やはり私が大好きな、対象者さんやご家族一人ひとりとしっかり向き合える臨床の仕事も、作業療法士としての私の原点だと思っているので続けていきたいと思っています!

素敵な目標ですね!!!
本日はインタビューを引き受けてくださってありがとうございました!
オーストラリアや日本の作業療法士だけでなく、認知症の当事者やご家族など多くの方が勇気づけられるようなお話を聞けて、とっても刺激になりました!

まとめ
本日は、オーストラリアの若年性認知症の方の「希望のある明確な道筋を構築するため」のプロジェクトに関わる作業療法士、Naomi Moylanさんにお話を聞きました!
Naomiさんの今後が楽しみですし、私たちも頑張りたいですね!
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